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2023年11月18日 Sat

「父の戦後」②鹿児島に親戚が出来ました

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前回より自分の父親のことを描いております。
まるで「ファミリーヒストリー」のような鹿児島の人たちとの縁が嬉しくて!

今回は「鹿児島にできた親戚」の話です。家づくりの話ではありませんがお時間の許す方はお読みください。

 

 

前回フェイスブックの投稿から偶然父の知り合いの鹿児島の方からメッセージいただいたことを描きましたが、先月鹿児島を訪れて知人の方たちとお会いしてきました。フェイスブックで見つけてくださった妹さんは私と同級生です。明るくて楽しい方ですぐに打ち解けてしまいました。私が審査委員を務める「木の建築賞」の現地発表会の帰りに鹿児島空港の食堂でお思わぬ宴会が始まりました。(笑)

 

満州から父がオンブして引き上げてきたお兄さんは80歳になられていました。
私の8歳くらいのときに福井の大野に来られてお会いしているのですが、幼い私のことは覚えていらっしゃいませんでした…。

しかし私は鮮烈に覚えています。
父は養子で訪問客など呼べない身でしたから初めての父のお客さんだったので、
幼い私は舞い上がって部屋の中を走り回って大失敗をしでかしたのです。

お客さんのためにこたつを外して囲炉裏のように使っていたのですが、
そのときに火にかかっていたヤカンをひっくり返してしまったのです。

当時のこたつは炭床でしたので周りの灰が部屋中に充満してもうもうと立ち込めて前が見えなくなりました。
その灰の煙の中から突然げんこつが飛んできたことを覚えています。驚いたことに父の手はげんこつでした!

 

げんこつで殴られたのは初めてでしたので幼心にはっきりと記憶に刻まれました。わずか8歳の時の記憶ですが痛かった~!

 

その話をしたら「そうでしたか?」と曖昧なお返事でしたが、すぐにその他の父の思い出話に引き込まれてしまいました。
鹿児島からわざわざ福井の田舎に来たのは「金沢美大」の受験だったのではないかということです。その後「多摩美術大学」進まれて鹿児島で長く美術の教鞭を取っておられたようです。

 

先日お兄さんの多摩美の同窓会展が表参道であり、千葉に住むお兄さんのお姉様にもお会い出来ました。まるで親戚がいっぺんに増えたようです。また最近「日展」の招待券が届きました。お兄さんのお子さんも彫刻を作られていて「日展」に入選されたのです。

早速見に行ってこなきゃ!

 

またまた親戚が増えそうです。