古民家コラム

2022年09月30日 Fri

コラム「石場建ての真実」

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伝統構法を標榜する大工職人には、建物を石の上に据える「石場建て」が人気です。

むかしの民家や社寺は、柱が石の上に置いてあるだけで、固定されていません。また床下の大引は存在しなくて大きな「足固め」が柱を結んで床を支えていました。束も束石もない。一間おきか二間おきの柱の下に礎石が据えてあるだけです。

金物もコンクリートもない頃は、「石場建て」は当然のことであったかもしれませんが、さらに他にも理由があったと思われます。石は丸い形状で、雨も溜まらないのですが滑ります。大工は石の形に合わせてカーブをなぞらえて、吸い付くように据えました。

木と石の接点の形をなぞり据え付けることを「光付け」といいます。一つ一つの石の形が違うので「光付け」には時間がかかったと思います。これには地震に対する備えもあって、大きな力が入ると滑り落ちるので、地震力がそれ以上入力しません。

つまり免震効果があるのです。ある程度の地震には石の上で揺れて力を逃し、建物が耐えきれないほどの大きな力がかったときに滑ればいいので、その塩梅が難しい。それには建物の重量や形状、地震の波の大きさなどの前提条件が複雑です。力学計算では摩擦係数0.4以上で滑ると言われています。

しかし平易に考えれば、固定していない机や椅子は、地震で滑っても壊れることはないのです。建物の下敷きにでもならない限り破壊には至らないでしょう。だから、足元フリーは理にかなっています。

そもそも日本の古民家は、強い力に抵抗する「強度設計」ではなく、力をいなす「減衰設計」であり、石の上を滑るのは究極の「免震」だと思います。また、超高層の建物は揺れて力を逃がす「減衰」が耐震・耐風対策であり、「剛構造」より「柔構造」です。

超高層ビルも「減衰設計」が前提であり、未曾有の自然災害に対抗する「強度設計」には限界があると考えられます。

古民家は「貫」などの「木のめり込み」と「継手・仕口」の加工面の「摩擦」により、揺れながら力を逃がす、つまり地震エネルギーを吸収して力を減らす「減衰」系の「柔構造」であり「石場建て」は、まさに日本のような地震や台風の常習国の知恵といえるのです。

柔構造の高層ビルに採用された設計法「限界耐力計算」は、「阪神大震災」の被害を憂いた大阪の構造家・樫原健一氏によって国土交通省に働きかけ木造住宅に転用され、ようやく2000年に告示化されました。

2008年から2011年にEディフェンスで公開された、国土交通省の「伝統的構法の設計法ならびに性能検証の実大実験」では、足元を固定しない建物の損害が殆どなかったことが実証されています。

ただしその後の建築基準法の改定では、足元フリーで縦揺れの拘束はなくなりましたが、柱の根元にステンレスのダボを入れる条件があるため横揺れに対して応力を受けてしまい、建物に損害を与えるおそれがあります。なので充分な足元フリーとは言えません。

筆者は当初から、国土交通省の伝統的木造家屋の委員会に参加し実験に立ち会い、試験体の作図もお手伝いしましたが、実験で得られた多くの知見が充分に建築基準法に反映されていないことを残念に思います。さらなる実大実験が待たれますが、今のところその動向はありません。

本コラムの詳しい記述は拙著「古民家への道」ウエルパイン書店 50頁「石場置きは免震か」187頁「新たな解析法」193頁コラム「柔剛論争」を参照にしてください。

2021年06月14日 Mon

コラム: 軸組工法の真実

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近頃の木造住宅の傾向として、大壁という柱の見えない構法で自由な間取りをつくる家が一般的になってきました。

大壁の家は、架構をすべて隠してしまうので、柱の位置や梁の配置を考えずにつくることができます。

壁を建てることで家の構造を支えますから、壁式構法です。耐力的に必要な壁を残せば、好きなところに窓を開け、金物で補強して、見苦しいところは隠してしまえます。

一方、日本家屋は柱・梁がすべて見える真壁構造の軸組工法と呼ばれています。

柱・梁の軸部だけで空間を造るので開放的な空間が可能です。

湿度の高い日本では壁の中に木を入れると、構造材が蒸れるので避けたのです。

真壁は柱と柱の間に壁が入ることによって、線と面がつくり出す構成が室内外をつくり、家具を置かずに、造り込まない部屋も充分美しい空間が成立します。

ここで柱・梁を見せるためには、軸組と間取りを合致させる必要があります。

合理的で美しい架構の木の家は、柱の配置や梁の組み方を整理したシンプルな軸組が命です。

「木造は軸組だ!」と言い切ったのは、現代棟梁と呼ばれ文化財の改修や「民家型構法」を実践した故・田中文男棟梁です。私も若い頃、薫陶を受けました。

建築史家・伊藤ていじは「民家の構造はコンクリートの建物に引き継がれる」と述べました。「民家の柱や梁は自由に動かすことができない。なぜなら、まわりの構造がそれを許さないから」と、軸組の重要性を指摘しました。

ここまで書くと、民家のように丈夫な家をつくるには、間取りには架構の制約があり、骨組への理解が必須なことがわかります。

大壁のように間仕切りや壁の並べ替えによって幾とおりもプランのできる自由度の高い「パズルゲーム」は出来ないのです。

むしろ間取りの自由度は、普遍性のある丈夫な架構の成立よって生まれるのであって、柱・梁の制約なしで架構を間取りに合わせるパズルのような設計は、耐震性や耐風性に対して危険で、やってはいけないことではないでしょうか。

建築基準法の「目的」には「国民の生命と健康の保護」が第一条にあります。

木造住宅では、命に関わる骨格を最優先に考えることが大切だということです。

2021年03月10日 Wed

コラム「仕様書」誕生の真実

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わたしたちが建てる建築工事には、設計図書が必要ですが、その一部として「仕様書」があります。

「仕様書」は建物の質を決めるスペックが書かれていますから、大変大切な図書です。しかし、今日のような「仕様書」は、建築が直営工事で行われていた江戸時代には概念がなかったようです。「仕様書」が必要になった要因は、明治時代になって「契約」の概念がでてきたことと、設計と施工の分離が上げられます。

「請負契約」は、請けたほうが負けるから請負(うけまけ)だなどと冗談交じりに言われますが、契約内容がはっきりしていないとトラブルになったことが明治5年の竹中工務店の「名古屋鎮台訴訟事件」に詳しく書かれているようです。この事件では、立場の弱い地位の低い竹中工務店が悲哀をみました。竹中はこれ以降、最近まで官公庁相手の工事を受けなくなったといいます。「言った言わない」の揉め事は建築業界に限らず騒動のもとになるのは、どの世界にもあることです。

明治以前の仕様書は、「大福帳」記載されている、工事に関わる材料やお金の出入りが書かれた見積もりが、約束事になっていたようです。この約束事が曖昧で、トラブルのもとになったので、契約書によって両者の立場を「対等」にすることと、「仕様書」が管理体制や技術水準を上げることになったようです。このことは、「普請研究」NO11.1985.3の「特集・建築の仕様書」に詳しい記述があります。この「普請帳研究会」のメンバーでもあった故・田中文男棟梁は、常々「お前らみたいな仕事のわからない設計者がでてきたから、仕様書が必要になったんだ!」と言っていました。さすが、江戸時代から続く大工棟梁の言葉です。

おそらく江戸までは、施主も建築に造詣が深く、大工棟梁とのやり取りでスペックが決まっていったと考えられます。そのころの「大福帳」には、材料の出入りばかりでなく、家の大きさと部屋の広さが示してあり、壁や天井の仕上げによって支払い金額がわかるようになっていました。例えば「和室六畳、畳敷き、竿縁天井杉板貼り、床の間一間、床柱磨丸太、土壁。」と書けば確実に六畳の和室が造られたのでしょう。施主とのやり取りは、お互いに共通の理解があれば、「ようがす、ガッテン!」ですんだことでしょう。少ない会話でスペックが決まったよき時代です。

ところが西洋建築の導入後は、大工にも経験がない新しい部材や仕上げがでてきて、細かな「仕様書」が必要となったと考えられます。その頃は、新しい職能としての建築設計者登場し、豊富な西洋建築の知識を持っていて、職人を指導したようです。このあたりの記述は、工作社の室内選書「職人」竹田米吉著(昭和50年)に詳しく書かれています。明治なって入ってきた新職種ペンキ仕事についてのくだりが面白いです。

ところで、私達が仲間と書いた「木造住宅【私家版】仕様書」は初版から26年を迎えます。

阪神大震災がきっかけで、倒壊した木造住宅と犠牲者の多さに心を痛めて、当時知り得るだけの木造の知識を大工職人から聞いて書きました。今では4改定版を重ね、頁数も図版も多い分厚い本になりました。ここで描きたかったのは、大きな地震にも耐える木造住宅の丈夫な造り方と、徒弟制の中でクローズされていた大工職人の「知恵」と「工夫」を「技術」をオープン化することで広く使えるようにすることでした。田中棟梁には「大工の知恵をマニュアル化しやがって!」と叱られましたが、日本の伝統的な大工技術は「みんなのもの」だと確信して公開に踏み切りました。

いまでは、プレカット技術が木造建築の94%を占めるようになり、わずかな手仕事の技術者にしか通用しない【私家版】仕様書になったかもしれませんが、最近は、地球温暖化を阻止するべく、温熱の向上についても追記しています。分厚い本ですが、辞書のように項目で検索して使っていただければ幸いです。

また、【私家版】仕様書をより見やすく「絵本」にした、「初めての人にもできる!木組の家づくり絵本」も出版しております。「初めての人にもできる!古民家再生絵本」もあります。また、現代の木造住宅の成り立ちを日本の伝統建築から論じた「古民家への道」も出版しております。3冊とも「ウエルパイン書店」で検索ください。

最後は拙著の宣伝になってしまい失礼しました。よろしければ、こちらから検索下さい。

木造住宅私家版仕様書 完全版

初めての人にもできる!木組の家づくり絵本

初めての人にもできる!古民家再生絵本

古民家への道

 

2017年12月21日 Thu

古民家考②「京町家の小屋裏 ①」

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京町家は、繊細な千本格子の家並みで有名ですが、架構にはさまざまな工夫があります。
写真の斜め材は何か分かりますか?
軒先を支える材ですが、建築材ではありません。答えは、川舟の櫂です。
薄い軒先が、下がらないように桔木になっています。丈夫な櫂の再利用とは、京都らしいと思いませんか?
京町家作事組の祇園の町家の改修現場で見せていただきました。

2017年12月08日 Fri

古民家考 連載始めました。

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知っているようで知らないかもしれない、古民家の面白い話を連載します。
FBですでにアップされていますが、WEBにも転載します。

古民家考①「石場建て」古民家は床下が面白い。巨大な部材「足固め」が床下に存在していることに驚く。地面が近いのに一階床はまるで、二階の床組のように組んであるのだ。現代の在来工法のように、大引きに束を建て一階床を作ることはほとんどない!い…

松井 郁夫さんの投稿 2017年12月2日(土)

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