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2011年03月29日 Tue

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支援物資

津波の後に起きた原発事故が、被災地にひずみをつくっている。
相馬市は海岸沿いに津波が襲って、避難民が出ているにもかかわらず、支援物資やガソリンが届きにくい。
原発事故による30キロ圏の避難区域に近いから?
そこで、中野区の主婦達が集めた衣類を運ぶことになった。
防寒着、や生理用品、石鹸など70箱のダンボールをバンにつんで一路東北道を北上。
原発事故で、いわきと南相馬市の間は迂回しなければならず、福島西インターから東へ。
昨日の夕方、市の受付場所へ無事届けてきた。
友人の運送業の社長いわく
「こういうときは、小さな運送業者にも声をかけてくれれば手伝うことができるから、行政も遠慮すること無いと思うよ。」
国を挙げての支援体制が急がれる。 東北道は、石油を積んだタンクローリーや大きなトラックが多数北上していた。
しかし高速から山道に入ると自衛隊の車ばかりで、トラックやタンクローリーは見えない。
現地ではガソリン不足。車があっても動けない。われわれにも避難所へは直接運んで欲しいとの要請もあった。
支援物資を野外に積んでおくことはできないらしい。
現地は治安も悪くなっている。海岸では、遺体の回収にも苦慮しているという。
被災地に必要な物資の的確な情報を集めている。第二陣はランドセルを運ぶことになった。
小学生のカバンが流されてしまったからだ。中野の主婦達のランドセル集めの奮闘が始まる。
地震や津波の後は、大量のガラが残っている。
国はすべての費用を出すと決めたが、地元に雇用が生れるようにして欲しい。また広範囲で大量のガラの有効利用は無いか?

 

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2011年03月21日 Mon

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復旧と復興

 いま東日本で起きていることは、世界が初めて経験する非常事態だ。
2011年3月11日14時46分。三陸の海洋プレートが南北500キロ東西200キロにわたり隆起。
マグネチュード9.0という日本の観測史上初めてという未曾有の大地震が日本を揺らし、巨大な津波が三陸地方および東関東の町を襲った。
 東北を中心に多くの建物や町が甚大な被害を受け、安全が絶対のの原子力発電所までが被害を受けている。
そのせいで被災された人々の救援を妨げかねない、放射線の壁が立ちはだかってしまった。
 しかしながら、被災後の日本人の節度ある行動は、世界各国の絶賛を受けている。
尊い人命の喪失には言葉もないが、被災後10日もたっているにもかかわらず、人命が救助されている。
避難所に支援物資も届き始めている。それが、せめてもの光だ。
 原発の現場で復旧に尽力している人たちにも、各方面からエールが送られている。
それにしても、大気中の放射線量や大地に降る量が心配だ。
これ以上被害の範囲を広げない安全な措置が急がれる。
地震国である日本において原子力発電は、やはり無理であったと言わざるを得ない。
個人的には、30年前に反原発のデモや運動に幼かった長男を連れて出かけて行ったにもかかわらず、
止められなかったことを残念に思う。当時から最も心配していたことが現実になってほしくない。
いま被災地の復旧にできることは何か?義援金やボランティア活動にもしっかり支援したい。
また、日本の復興に必要なことは何か?まだまだ全容が見えてこないうえに、
予断を許さない状態で断言はできないが、電力に頼った生活を改め、
地震に粘り強い家づくりに努め、災害を避けるまちづくりを復旧と復興の覚悟としたい。
がんばれ東北!がんばれ日本!

2011年03月14日 Mon

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災害お見舞い

日本列島東北部を未曾有の地震が襲い、想像を絶する津波が人々を巻き込みました。町が消えた風景には言葉もありません。
災害に合われた皆様に、お見舞い申し上げます。
復興を目指して、できることはなにか、自分ができることが何かを見極めてできる限りのことをしたいと思います。

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